out

送料無料税込8,800円以上のお買上で送料無料

 

大場冨生/宮澤賢治 作品/雨ニモマケズ/版画

独自商品コード 2171000002023
発行ポイント 220ポイント
希望小売価格
販売価格

22,000(税込)



購入数

15日以内に発送予定(店舗休業日を除く)

製造元
原産地
商品特殊表示 15日以内に発送予定(店舗休業日を除く)
在庫状況
大場冨生/宮澤賢治 作品/雨ニモマケズ/版画


宮澤賢治に造詣の深い木版画家、大場冨生さんの木版画。雨ニモマケズ。


盛岡生まれ、宮澤賢治に造詣の深い大場冨生さんの木版画です。「雨ニモマケズ/風ニモマケズ」より始る大変有名な詩「雨ニモマケズ」を魅力的な版画字、木版画で作りました。宮澤賢治が、花巻の実家に戻って闘病中だった1931年秋に使用していた黒い手帳に記されていたものです。この手帳は、病に倒れ亡くなった翌年にみつかりました。

経文をやさしく解かれたようなフレーズ。
やさしさの裏には実は奥の深いものがあるような気がします。
私ものこ共感をやさしい文字で、行間にイラストをはさみ
もっと親しみやすいものにと
一字一句、写経のよう刃物の先で切り取ってみました
この世界こそが宮沢賢治のイーハトーヴそのものだと思っています。

大場冨生

大場冨生/宮澤賢治 作品/雨ニモマケズ/版画
詳細1
大場冨生/宮澤賢治 作品/雨ニモマケズ/版画
詳細2
大場冨生/宮澤賢治 作品/雨ニモマケズ/版画
詳細3

大場冨生/宮澤賢治 作品/雨ニモマケズ/版画


雨ニモマケズ 風ニモマケズ 雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ 慾ハナク 決シテ瞋ラズ
イツモシヅカニワラツテヰル 一日ニ玄米四合ト 味噌ト少シノ野菜ヲタベ
アラユルコトヲ ジブンヲカンジヨウニ入レズニ ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ 野原ノ松ノ林ノ陰ノ 小サナ萱ブキノ小屋ニヰテ
東ニ病気ノコドモアレバ 行ツテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ行ツテソノ稲ノ束ヲ負ヒ
南ニ死ニサウナ人アレバ 行ツテコハガラナクテモイヽトイヒ 北ニケンクワヤソシヨウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ ヒデリノトキハナミダヲナガシ サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノボウトヨバレ ホメラレモセズ クニモサレズ
サウイフモノニ ワタシハ ナリタイ




宮澤賢治と東日本大震災
宮沢賢治の生涯は、災害との結びつきがとても強く、生年の明治29(1896)年には、明治三陸地震(大津波)があり、2万2000人の死者が出ています。(北海道:6人、青森県:343人、岩手県:1万8158人、宮城県:3452人)。生後5日目には、直下型地震としては東北最大級の陸羽地震が起きました。賢治27歳の大正12(1923)年には、関東大震災があり、彼の代表作といえる「銀河鉄道の夜」の原稿の裏には、震災の見舞い書簡の下書きが書かれています。(1924初稿)そして、没年の昭和8(1933)年3月3日には、死者3064人をだした昭和三陸地震(大津波)がありました。賢治は地震の4日後に、『被害は津波によるもの最多く海岸は実に悲惨です』と東京の詩人宛てに葉書を出していて、その年の9月21日に彼は亡くなりました。
今回の大震災があらためて発生し、人間は自然に立ち向かって生きていかなくてはならない試練を賢治は「雨ニモ負ケズ」という詩で伝えたかったのではないでしょうか。




design Tomio Oba 大場冨生
版画寸法:W51×21cm/額寸法:約W64.5×34cm(手作りのため多少前後します)
木版画(原画を印刷したものになります)、額付き(額裏に飾る際に使用する紐がついています)
素材:紙/額素材:杉ニス仕上げ、布(額は大場さんの手作りです)

受注生産となっており、ご決済、ご入金後2週間程でお届け致します。

メーカーで欠品の場合はお待ちいただくことがございます(納期は追ってご連絡差し上げます)

*出荷は平日のみとなります

本商品はメーカー直送品のため代引きはご利用いただけません。

この商品をチェックした人が見ている商品

$nbsp; $nbsp;